先日骨董市で、幕末~明治期につくられた
蕎麦猪口を買いました。

1個500円の安価なものですが、
欠けてしまった部分が丁寧に金継ぎされていて
しかもその後で長年使ったらしく、
金継ぎの金がはげ落ちて、地の漆の色が出ています♪

決して高級なものではなく、普段使いのものなのに、
欠けても捨てず、金継ぎの金がはげ落ちるまで使い、
100年以上、人の手から手に受け渡されて
今日、私がその器でお茶を飲んでいます。

また、8年前にベルリンのアンティークショップで買った
1930年代のシルバーケーキ用フォークには
手元にCLというイニシャルが掘られています。

第2次大戦の前のベルリンで、
当時のお金持ちの家でイニシャル入りのカトラリーを作ったのか、
それともお店や会社の頭文字なのか…
いずれにしても、よく使いこまれたその渋い輝きに
使ってきた人々の80年の気配を感じられます。

これらの品々は、私がいらなくなった時も、
捨てるなんてできないな~と思います。
だって受け継がれてきたものですから。

骨董屋さんに持っていって、
どなたか次に使ってくださる方に渡っていくといいなと思います。

つまり私は、バトンタッチをするリレー選手の一人。
ある限られた時間、その物を使わせていただくだけ。

わたしが使った日々と生活は、過去の人達と同じように
気配として薄く積み重なって
未来の見知らぬ誰かに受け継がれていく。

そう思うと、自然にものを大事に使うようになります。
そして、心が豊かになる気がするんです。

全体の一部である、ということの安心感とやすらぎ。
「消費」からシェアリング・エコノミー、
そして受け継ぐ、ハンドオーバーするということ。

もちろん100円ショップで買ったものも
家にはたくさんあって、ガンガン消費してますが(笑)
一方で「消費」とはまったく異なる、
ハンドオーバー(受け継ぐ、手渡す)
というものが増えていくと、
心がとてもヘルシーになる気がします。

ちなみに心理学者のフロイトは、
骨董は、無意識へのアプローチの入口、と言い、
自分のデスク周りに数多く飾っていて、
ユングは骨董趣味を「全体への合一への欲求」の一つと、
捉えていたそうです。
 
うふふ…ですね。

いずれにしても、メンタル的にもヘルシーな方向に行くためには
効果的なツールの一つのようです。

忙しい毎日の生活の中で、
心が健やかになる「ちょっとしたこと」が
一つ一つ増えていくといいですね~(^o^)/
(2017/01)